358-0008 埼玉県入間市河原町8-6 

プロフィール

 教会は、神様のキリストによる救いを信じる者の集まりです。今より2000年ほど前に主イエス・キリストの弟子達の活動によって小アジアで生まれ、今日まで続いています。
 当教会は、創立の日を1889年7月2日としています。それは、この日に当地で最初の受洗者が与えられたからです。従って、この地方への宣教の開始は、それを遡ること数年前の1880年代半ばということになります。勉強のために上京した一人の青年が、キリスト教の教えに触れて信仰を持ち、家族への伝道から郷土への伝道へと拡大していきました。最初の教会堂は、豊岡一丁目(現在原田病院があるあたり)に建てられましたが、その後、宣教が盛んになるに従って、現会堂が1923年にこの地に建築され、旧会堂もその際移設され牧師館として1988年秋まで使用されて来ました。日本キリスト教団に合同するまでは、メソジスト派の教会として工場伝道や家庭集会と、その伝統を活かした活動を展開して来ました。第二次大戦直後は、地域への伝道を始め、米軍基地の将兵や基地に働く人々への伝道も積極的に開始しました。最近は首都圏の拡大にともない、その中に位置する教会としての役割を担っています。
 教会の中心は日曜日の主日礼拝ですが、その他、集会案内に掲載している各種の集会があります。キリスト教の信仰を学び得るのに最善の場所が教会です。

牧師紹介

栗原 清(くりはら きよし)
1964年9月 川越市に生まれる
1984年4月22日 20歳の時、初雁教会(川越市)で洗礼を受ける
1996年3月 日本聖書神学校を卒業
1996年4月 静岡県富士市にある岩本教会の主任担任教師に就任
2006年4月 武蔵豊岡教会の主任担任教師(牧師)に就任し現在にいたる
2011年6月より 関東教区書記に就任(現在3期目)
・日本聖書神学校評議員、趣味はスキーにPC&機械いじり、家族は妻、子ども2人 

教団新報「献身の時」  武蔵豊岡教会 栗原清
 もともとメカニカルなものが大好き。子どもの頃に目覚まし時計を分解し、元に戻せずに叱られた事や、メーカー製の自転車に元々付いていたパーツと違うパーツを、フレーム以外は全部取り替えて、全く別物に仕上げた事もある。パソコンの組み立ても大好きな事の一つ。だから献身する前は、自動車の生産技術部門で働いていた。そのようなメカ好きの私は、祖母から数えてクリスチャン三代目。教会へは、無意識のうちに連れられていた事もあり、世の中の人は日曜日に教会へ行くものと認識していたが、後に日本に於いては少数家庭に過ぎないと知った。しかし、教会と言う所は、自分を大事にしてくれると感じられて、お気に入りの居場所だった。思春期の頃、所属教会の牧師から(冗談半分で?)「栗原君、将来牧師という道もあるよ」って声を掛けていただいた。その時は、驚くと同時に自分自身相応しいとも全く思えず、自動車産業の技術者への憧れもあり、「そうですね」と照れながら答えるのが精一杯だったように記憶する。でも、これが一番最初の神の声だったのだな、と今になって思う。
 高校三年の夏休み。長野県上田市で開催された埼玉地区KKSキャンプに、当時所有する大好きな自動二輪車で乗り付け、そのプログラムの最中に高原野菜を満載した四tトラックと接触し事故を起こした。死を覚悟したその時、その傍らにはKKSキャンプの講師で奉仕されていた、原市教会の村田元牧師がいて、私の手を強く握って下さった。正直その時は、綺麗な夕焼けの中、これで死んでも天国に行けるような気がして不思議と死への恐怖を感じる事はなかった。しかし、人生は簡単に終わらない。私も主の御心ならば、もう一度歩けるように、と病院のベットの上で何度も祈った。すると祈りは、神に聞き届けられたのか、かなり重症だった左足も壊死せず切断もされず、死ぬこともなかった。少々障碍は残ったが、二本足で生活が出来るまでに回復させられた。思えばこの体験は、大魚に飲み込まれたヨナと重ねられる様に感じる。だから私は、命が助かり自分の人生に戻れる、とその時は儲かったような思いがして、神様に感謝する思いを込めながら母教会の初雁教会山岡磐牧師より洗礼を受けた。しかも念願だった自動車会社への就職も実現し、人生の喜びの再出発を果たしたつもりになっていたが、何故だか気持ちが全く晴れない。そのような時、夜勤を終え帰宅し、テレビを付けると「偉大なる生涯の物語」という、イエス・キリストの生涯を描いた映画が放映されていた。涙が溢れて止まらなかった。それから少し真面目に聖書を読もうと決心し、通読を開始した。読み終えるまでに三年を費やしたが、御言葉が与えられた。ヨハネ福音書十五章十六節「あなたがたが私を選んだのではない。私があなたがたを選んだ。…その実が残るようにと」。数ある神々の中から、私がキリストの神を選んだのではなく、既に神は母胎に命を宿す前から、何も持ち得ない私を選んでおられたのだ、と献身への思いを与えられた。もう後は、次々に御言葉が私の背中を押してくる。丁度その頃知り合って結婚した妻も、私の献身への道備えを手助けしてくれた。多くの人たちの祈りに支えられながら、今の自分がここにある。神様の御心は、計り知れないものである。

建物他紹介

【旧礼拝堂】
 武蔵豊岡教会は、1889年7月2日、豊岡美以教会として創立し、メソヂスト信仰を継承した伝統ある教会です。 武蔵豊岡教会の旧礼拝堂は1923年(大正12年)にウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により建てられました。 以来、90年の長きに渡って現役の礼拝堂として毎週日曜日には礼拝が守られ、また、地域のシンボルとして親しまれました。
 ひろびろとした礼拝堂内部は開放感があり、賛美もよく響き渡ります。国や県や市の文化財指定は受けていません。

外観

礼拝堂


【新礼拝堂】
 1989年に発表された国道16号線拡幅計画は、教会内外で紆余曲折ありましたが、教会への影響は避けられず、献堂90年を迎える2013年春から「今こそ、心と魂を傾けてあなたたちの神、主を求め、神なる主の聖所の建築に立ち上がれ。歴代誌上22章19a」の御言葉を揚げて、老朽箇所の大規模修繕と耐震補強を施して、国道側に正面玄関を合わせるために向きを変えて移築する事を神の御心と受けとめて教会建築を始めました。そして、創立125周年(2014年)に新会堂が完成し、2014年7月20日の主日礼拝から新会堂で礼拝を守っています。

外観

同じく外観

礼拝堂

礼拝堂2階

 
 献堂式の時の記念撮影

 
 講壇と聖餐台

 
 教会正面にある看板

 
駐車場、30台駐車できます 


教会のイベント

【結婚式】
教会と言えば結婚式というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか?
もちろん、武蔵豊岡教会でも結婚式を行うことが出来ます。神に祝福された二人の新しい人生を教会は全力で応援いたします。
教会員でなくても挙式することができますが、キリスト教について理解していただくため、牧師との面談をしていただいたり事前に礼拝に出ていただく必要があります。
結婚式をご希望の方はお早めに牧師までご相談下さい。なお、日曜日は礼拝のため原則としてお断りしております。

【伝道集会】
武蔵豊岡教会では年に一回程度伝道集会というイベントを行っております。
写真は2009年の物で礼拝堂でコンサートを開きました。周辺の住民にも多く来ていただき、主にある交わりを持つことが出来ました。


日本キリスト教団
武蔵豊岡教会

   牧師 栗原 清

 〒358-0008
 埼玉県入間市河原町8-6
 TEL 04-2962-6191
 FAX 04-2962-6191

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